星の創りし双子-Kanoa<第2章>

この星に初めての人間の双子が生まれ、十二年が経った。

ツリーフォークの神殿は夫婦とふたりの子供を育てるのに十分な環境を与えた。雨風がしのげ、温暖。広く、安全で清潔。そして果物や魚、甲殻類といった十分な食料。そして水と植物。このまま家族四人で静かにここで暮らしていけたら……とトルアは幾度か考えた。

しかし、十二年が経ち、土地に衰えが見え始めた。

最初は魚の減少だった。食料の問題が出てきたので、トルアはカノアを連れて狩りに出るようになった。

狩りの中でトルアはカノアに多くの知識を教えることができた。それまでは読み書きや礼儀作法、学問、簡単な戦い方などを教えていたが、外に出られるようになり、獣の取り方、火の起こし方、罠の張り方、足跡の消し方、獣の捌き方、立体的な地点での戦闘等々、自身の経験で得た技術を教えることができた。

半年が経ち、川の水が少なくなり始めた。

「何か起きているようだな」

 トルアは神殿内を流れ小川を見ながら考えた。

 そもそもここが永遠の安息地なのであればツリーフォークたちの文明も滅びることはなかったのではないか? 何か力場のようなものがあり、それが時間と共になくなるのかもしれない。そして人が住まなくなると何百年もかけて回復するのか?

 とはいえそれを調べている時間も余裕もない。

「カノア、もうじき私たちは旅に出なくてはならん」

「旅?」

 トルアが最初にそれを伝えたのはカノアだった。

「そうだ。私たち四人で次の土地を探して移動するのだ」

それは狩りに出てちょうど獲物を見つけたところだった。ゲラージという大型の草食獣をふたりは追いつめつつあった。

「そいつをお前だけで倒してみなさい。私は見ているよ」

「はい!」

 十二歳の少年は勢いよく返事をすると、樹上から跳躍し、ゲラージの背中に飛びついた。驚いたゲラージは馬のように前脚をあげて背中のものを落とそうとする。だが、カノアはすでに短剣を背中に刺し、それに掴まって凌いだ。

 ゲラージは走り出そうとするが、カノアは短剣を足場にしてゲラージの頭の方へ移動し、後頭部にもう一本の剣を刺した。同時にゲラージは大きく吠えると、地面に突っ伏して絶命した。

「見事! もう一人前だ」

 トルアはカノアの横に降り立つとそう言った。

「その力でアイリスと母さんを守ってくれ」

「……父さんは?」

「もちろん私もがんばるさ。でもふたりの方が楽だろう?」

 父のとぼけた顔にカノアは吹き出し、夜明けの森に二人の笑い声が響いた。

「次の雨期が来たら、インジェンスの方に行こうと思う」

 トルアは三人に話した。

「みんな知っての通り、この遺跡は力を失ってきている。一年を待たずに住むには厳しくなるだろう」

「確かに果物や魚は採れなくなってるわね……」

 アミッシが少し心細そうに言うと、トルアは頷いた。

「少し前から肉と魚、果物は干して保存用にしているが、もう少し作っておこう」

「で、父さん、私たちはどこへ行くの?」

 アイリスが心細そうに聞いた。

「インジェンス国境のはずれで私の友人が炭焼き小屋をやっている。世捨て人同然だが、力になってくれるだろう。そこで周りの状況を調べて、何とか国に戻ろうと思う」

「国? お父さんの?」

 カノアの問いにトルアは頷いた。

「母さんのいた帝国よりは安全だろう。イグニスを理解してもらうには時間がかかるかもしれないが……」

 アイリスは心配そうに自分の頭をなでた。

 翌日からトルアはカノアだけではなく、アイリスも連れて狩りに出るようになった。腕力に劣る彼女には弓を与えて、樹上での戦い方を教えた。

 アイリスは見る見る上達したが、逆に元気はなくなっていた。悩みの元は母親のようになってきた角と牙だった。

「母様は怖くないのですか?」

 ある日アイリスは母親に問うた。

 アミッシはすぐに娘の悩みが分かり、娘の頭にそっと手を置くと優しく話した。

「角と歯のことね。そのうち羽も生えてくるわね。お母さんと同じ」

「私、父様の国へ行っていいのかな……?」

「前も話したでしょう? お父さんと私は敵だったの。戦争をしていたのよ。直接私がリグナムの人々を殺めたことはないし、逆にお父様はイグニスの兵を何人も斬ったでしょうね」

 アイリスは小さく震え始めた。アミッシはそんなアイリスをそっと抱きしめる。

「でも私たちは戦場で助けあって、分かりあったわ。そして今のあなた達がいるのよ。だから大丈夫。イグニスの人々も時間をかければ分かってくれるわ」

「……うん」

「でもね、アイリス? それが私たちの目的じゃないの。私たちはふたつの種族が共に分かり合えるようにして、争わないようにしたいの。そうすればあなた達も普通に暮らすことができるでしょう?」

 アイリスははっと、閃いた表情をすると、母の目を見て強く頷いた。そうだ、戦争その物をなくしてしまえばいいのだ。

「その道のりは長くて険しいでしょう。だから、今は強くなりなさい。お父様が力を、私が知恵を授けます。カノアと力を合わせれば何だってできるわ?」

「うん。私がんばります!」

 アイリスはいつもの明るさを取り戻し、父と兄の元へと走っていった。

 アミッシはしばらくその後ろ姿を見守っていたが、少し真剣な顔に戻り、今後へと思いをめくらせた。今までは恵まれた生活を享受してきたが、これからは子供達のためにも、一歩一歩安全に進まなければならない。ふたつの種族の争いの歴史は長い。それを誰よりも知っているのはアミッシ自身だった。

 少し小さめのゲラージがカノアに飛びかかる。だが、カノアは紙一重でこれを躱して木の上に登っていた。そこを素早くアイリスの矢が襲う。ゲラージが振り向けば矢が背中に何本も刺さっており、失血して動きが鈍くなっている。

 アイリスは木の蔓をゲラージの首に絡めると、木の幹に引っかけて一気に引っ張った。ゲラージはそれがとどめとなって力なく倒れた。

「やった!」

「アイリスすごいな」

 囮役のカノアも木から飛び降り、驚いた表情で倒れたゲラージを見ている。

「作戦勝ちでしょ」

「だな。父さんどうでした?」

 カノアが振り向くと、トルアが満足げに微笑んでいた。

「いや、合格合格。ふたりとも強くなったな。これならすぐにでも旅に出られそうだ」

 トルアが恐れていたのは道中のトラブルだった。それも獣や地理的なものではなく、イグニスの追っ手だ。元より脆弱なリグナム人は仲間がいなくなり5年も経てば死んだことになるが、頑強で死者の名誉を重んじるイグニス人は戦場で王女が行方不明になったとなればそのための一族が生害をかけて王女の遺体なり手がかりを探すのはよくあることである。これはアミッシとも何度も話し合ったが、彼女も同意見であった。

 遺体が戦場近くで見つかればこれは名誉の戦死であり栄誉だが、生きていたとなれば敵前逃亡となり、さらに敵国の王子と一緒となれば裏切り者と見なされ、その場で首を刎ねられるであろう。と、なれば四人は見つからずにインジェンス領内まで辿り着かねばならない。そのための雨期の旅路だった。

 雨期に入り気温が上がったのと同時に四人は神殿を捨てて旅に出た。四人は中に自分たちがいた痕跡を念入りに消し、神殿に礼をすると森へと分け入った。

雨期は日中スコールが何度か降るが、足跡や匂いを消してくれるので跡が残らない。気温は高いので、夜は火を焚かず樹上で寝ることもできる。まさに逃亡者にはお誂え向けの季節だった。

四人は雨が降るたびに雨宿りをしつつ、森の中を2週間進んだ。幸い追っ手の姿はなかったが、トルアは念入りに痕跡を残さないようにした。

子供ふたりが初めての遠出に喜ばなくなり、疲れを見せ始めた頃、トルアは空に立ち上る煙を指差した。ついにインジェンス領内に着いたのだ。

 それはカノアとアイリスが初めて見る〝家〟だった。

 ふたりは少し大きめな木造の農家と両親の顔を交互に見ながら説明を求めた。

「あれがお家よ。イグニスもリグナムもああいう風に木や石で自分の住むための建物を造るのよ」

「早く行こう!」

 カノアが急かしたが、アイリスは旅の疲れも出ていたので、トルアは手を繋いでゆっくりと家に向けて歩を進めた。

 トルアが扉を叩くと中から

「あいよ」

 と、そっけのない返事があり、少し置いて扉が開いた。

中から背が低く背が低く浅黒い女性が出てきて四人を迎えた。

 最初は訝しげにトルアの顔を見ていたが、一瞬おいて大きく目を見開いた。

「あんたトルアかい!?」

 トルアは微笑んで頷いた。

「ルーセ、久しぶり。元気そうだ」

 トルアが戦場で消えて十二年、ヒゲも伸びて風貌は変わり果てていた。分からないのも無理はなかった。

「生きてたんだね……後ろのイグニスかい?」

 ルーセは後ろに隠していたブロードソードを前に出した。

 アイリスはびくっとして母親の後ろに隠れた。

 それを見たルーセは鼻からゆっくり息を吐くと剣をしまった。

「驚かせちまったかね。訳ありなんだろ。とりあえず中に入りな。うちの宿六を呼んでくるから」

 そういうとルーセは家の中に四人を通し、荷物を置かせると居間に座らせた。

「トルア! 生きてたのか! この詐欺師め!」

 トルアの騎士団時代の親友だというヴェナンはトルアを見るなり、家が揺れるほどの大声で嬉しそうに言うとトルアと包容をかわした。

「詐欺師はひどいぞ、この悪党め! いつのまにルーセと結婚したんだ?」

「いやぁ、いろいろあってな。それは後で酒でも飲みながら話すとして、そっちはずいぶん大所帯になってるじゃないか。おまけにそちらのご婦人はイグニスの……」

「そう、王女陛下だ。今は僕の妻だがね」

 ヴェナンとルーセは顔を見合わせ、もう一度まじまじと四人を見た。

 トルアは戦争からこの十二年の話をした。

「なるほど……そんなことが」

「ああ、で、国に戻ろうと思ってな」

「トルア、タイミングが悪かった。先頃君の弟君が王位を継承してな。兄と父の名に懸けてイグニスを討伐すると宣言したばかりだ。今出たら下手すりゃ反逆罪で捕まってしまうぞ……」

 トルアとアミッシは驚きのあまり言葉が出なかった。


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