
国境にほど近い森の中にあるチャールズの屋敷は早朝、霧に包まれることが多い。未だ空が青い時間、その霧の中から金属がぶつかる音が聞こえてくる。
カキン! 少し間をおいて再びカキン! と音が響く。
よく見れば霧の中にひとりの老人が立っていた。短く切りそろえた髪と髭は真っ白になっており、年は70過ぎというところだろうか。両眼は白く光を宿していないようだが、すっとした姿勢には隙が無い。片手にぶらりと剣を持って真っすぐに立ち、無駄な力は抜けているようだった。よくよく見れば額には角を切った跡がある。
刹那、老人の剣を持った片手が消え、現れた先では鋭い音と共に空中から出た剣を受け止める。
攻撃の主は凛々しい目をした青年だった。知っているものなら数年を経て成長したカノアだとわかるだろう。薄手の革鎧を身に着けているが、ボロボロになっている。
「くっ」
と言った次の瞬間カノアはまた消える。一瞬の後、再び空中の違う方向から現れ、剣を振りかぶるが、その軌道の先には老剣士の剣先がすでに待っていた。
ひときわ甲高い音が響くと、カノアの持った剣はその手から飛ばされ、地面に落ちた。
「剣気が強すぎる。それでは目をつぶった相手でもよけることができる」
盲目と見える老剣士は低い声で言い放った。
「他の人間なら、俺が近づいても気がつかないのに。ゼルクト先生がおかしいんだって」
本当に目が見えないの? と言いかけてカノアは言葉を飲み込む。
「ははは、目が見えないからではなくて、普段から空気の流れを意識して生きているからな」
ゼルクトはカノアの心を読んだようにつづけた。
「どんなものでも動けば空気が動く。感情を動かせば体の温度が変わり、また空気が動く。それを皮膚で感じ取ればいい」
「この前、先生は蚊を箸で捕まえていましたね……」
「蚊とて羽ばたけば空気が動く。それを感じ取るだけだ」
「大嵐の中ではどうするんです?」
ゼルクトは一瞬、虚を突かれたような顔をすると、破顔一笑。
「その時は先に相手を斬れ」
と、言った。
カノアもつられて笑い出し、朝の山肌に二人の笑い声が響いた。
チャールズ邸の食堂でカノアと母であるアミッシ、屋敷の主人チャールズ、そしてゼルクトがテーブルにつき、食事を取っていた。普通の農家の一軒分ほどもある食堂に四人の食器の音だけが響く。
「ゼルクト、カノアの修行はどうだね?」
朝食に出たワーキンのゆでた卵を口に運びながらチャールズが声をかける。
彼の所作はひとつひとつが美しい。食事中に料理を口に運びながら言葉を発しても、まるで絵画のように「絵」になっているとカノアは思った。
「は。まだ五合目といったところでしょうか。筋はいいです。普通の人間ならばまだ一合目かと」
「先生のレベルになるのに、まだ半分っていうのは納得です……」
カノアは上を向いていった。
チャールズは軽く微笑むと、
「イグニスに剣聖のリルフォ、剣神のゼルクトありと称えられた男だからね。盲いているとはいえ、そうそう追いつけるものではないさ」
「ゼルクト様、イグニス様のお名前は存じておりましたので、カノアに稽古をつけて下されると伺って、大変驚きました」
アミッシは食事を終わらせ、ナプキンで口を軽くぬぐいながら言った。カノアと話す時と違い、イグニスの王女だったころに戻ったようだった。
「私がイグニスを放逐され、チャールズ様に拾っていただいたのはアミッシ様の訃報がイグニスに届いた頃でしたからな」
ゼルクトとリルファは共に前王に忠誠を誓っており、宰相が王位につくことを非難した。その結果宰相の策謀に嵌り、ゼルクトは光を、リルファは右腕を奪われたのだった。リルファはイグニスの国境近い山に籠り、ゼルクトはチャールズと出会い、角を切り落とすことで家付きの魔導士となった。
「カノア様の腕前、まだ五合目とはいえ、並の者、いえ達人でもに後れを取ることはないでしょう。もう騎士団に参加してもよろしいのでは?」
「騎士団!?」
一番驚いたのは当のカノアだった。
「ああ、私の親族ということにして騎士団に入れるよう国王陛下にとりなしておいた」
「俺が……?」
まだ理解できていないようだった。
「カノア、これはチャールズ様と話し合ったのだけれど、ここに隠れ住んでいてもお父様とアイリスの行方は分からないわ。もちろん私が表に出れば戦争になる。だから、あなたにインジェンスを調べてきてほしいの」
「最初、御母上は随分と反対していたのだが、これは私の考えだ。私自身も隠遁を言い付けられている身だからね。実の息子が心配だと思うが、君自身が家族を取り戻すために戦う方法が今はこれしかない。それも比較的安全にね」
確かに一兵卒として軍隊に入ったり、普通に街で働いていても情報は限られる。身分を調べられることも多いだろう。だが、騎士となれば扱いが違う。カノアは頷いた。
「分かりました。俺やってみます」
「君だったらそう言ってくれると思っていたよ」
チャールズは微笑むと右手を上げた。
執事が音もなくカノアに近づき、赤い布の罹ったトレイを差し出す。
カノアが手に取って赤い布を外すと下からは銀色に光る仮面が出てきた。
「これは……?」
「君の顔は御父上と瓜二つだからね。念のため普段はそれをつけてほしい」
カノアが仮面を恐る恐る手に取り、顔に近づけると磁石が鉄に吸い付くようにふわっと顔に張り付いた。
「うわっ、びっくりした……」
「ゼルクトに頼んで君の顔にだけ貼りつく魔法金属にしてもらった。重さはないだろう?」
「はい、確かに。何かを顔につけている感じがないです」
チャールズは満足げに頷いた。
「それは他人が取ることはできないようになっている。あと印象操作魔法で周りの人間が仮面をつけていることがあまり気にならないようにもなっている」
「ありがとうございます。これで父上とアイリスを探しに行けます」
「うん。明日の朝ここを経って王城に向かうといい。フィネガンという地元の貴族に君のことは頼んである。もちろん私の親戚ということでね。今日から君はヴォークトだ。ヴォークト・シュタイゼン」
「それ細かく覚えておかないとダメな奴ですよね?」
「アミッシ様とふたりでヴォークトがどんな人間なのかまとめて書いておいた。お母上はヴォークトの過去を考えるのにはえらく乗り気だったね」
「母上……」
「あら、おほほほ。つい楽しくって」
アミッシは恥ずかしそうに笑った。カノアは久しぶりに母親の笑顔を見て安心した。
「では、最後にもうひとつ仕上げをさせていただきますかな」
ゼルクトが立ち上がって言った。
■
「汝、ヴォークト・シュタイゼンを我が騎士に任じる」
カリオール王は低く、よく通る声で恭しくそう唱えると、両手で持った宝剣を跪くカノアの左右の肩に軽く当てた。
「拝命いたします。この命、王と全ての民のために」
カノアをそういうと立ち上がり、振り向くと深く礼をした。城内にいる臣下達から歓声が上がる。
「ヴォークトよ。そちの働き見事であった。たったひとりで収容所に忍び込み、イグニス共に捕えられていた民104人を無事解放できたのだ。褒美は騎士に召し上げるだけでは足りぬほどだ。なんなりと申してみよ、民草に変わって余が叶えよう」
カノアは王の方を向き、再び跪く。片手は胸に当て、頭を下げる。チャールズ家で作法は徹底的に叩き込まれていた。
「ありがたき幸せ。しかし、陛下、お……私は褒美のために人々を救ったのではありません」
俺、と言いかけ、下を向いたままカノアは「いけね」と舌を少し出した。
「この国の安寧こそが我が願い。どうか私をイグニス討伐の任に当たらせていただければ、これ以上の褒美はありません」
カノアは言った。これは母アミッシのアイデアでとにかくイグニスに対応することで両軍の情報を集められるようにという狙いだった。
「はははははは。なんとも不敵な男よ。良いだろう。余はかねてよりイグニスの領土に侵攻する計画を立てておる。その部隊に配属もしよう」
「ありが」
「だが、その前に!」
カノアの礼をカリオールは遮った。
「その仮面を一度取って見せよ。我が妃をはじめ、大臣の中にも顔が見えぬ男を召し抱えるのはどうかと進言する者がいる。聞けば幼いころに火傷をして人目に触れれば不快になるという理由で仮面をつけているとフィネガンから伝え聞いておる。それを確かめたいのだ」
「……」
カノアは一瞬考える間を取って応えた。
「畏まりました。陛下の命とあれば、この仮面外してお見せします」
謁見の間は静まり返った。ヴォークトの素顔が見られる! 大臣たちの顔は好奇の表情に変わっていた。
カノアの手がゆっくりと仮面にかかり、仮面を横にずらしていく。果たしてそこには火傷で引き攣ってしまった少し黒い皮膚が見え始める。ここまで見れば殆どの人間が想像できただろう、仮面の下の焼けただれた顔が。
ドサッ、という音が沈黙の中響いた。カノアの手は止まり、臣下達は一斉に音の方角を見る。視線の先では妃が椅子からずり落ちて倒れている。
「エスメラルダ!」
カリオールは慌てて妃に駆け寄った。ヴォークトのカノアの仮面の下を見て恐怖のあまり気絶してしまったのだろう。
「すまぬ、ヴォークトよ。もうよい、仮面を付けよ。余は無理を言った」
カリオールはカノアの方を見ずに言った。カノアはほっとして仮面をつけ直す。
「これは借りにさせてくれヴォークト。余は進言だけではなく好奇で仮面の下を見ようとした。これはその罰であろう」
「いえ、陛下どうか、気に病まれませんよう。ヴォークト、この一件、すでに忘れてございます」
「そう言ってもらえると助かる。ヴォークトよ、討伐隊の件は追って軍団長に指示させる。今日は帰って存分に休むがよい。屋敷には果実酒と肉を届けさせよう」
「ありがたき幸せ。では、これにて失礼いたします」
カノアはもう一度深く礼をすると、扉まであとずさり、謁見の間を出た。
扉を閉め、カノアは大きく息を吐いた。足早に謁見の間を離れる。
「ふー、冷や冷やした。汗でぐっしょりだ……」
「大丈夫だったか?」
横に控えていたカノアの親友、クレイベウスが心配そうに声をかけてきた。
「ああ、首尾は上々。ゼルクト先生の魔法はすごいや」
ゼルクトの言っていた最後の仕上げとは、カノアの顔が火傷しているように見える薬草を塗り込み、その上で「それを見ると気持ち悪くなる」魔法のことだった。
「お妃さまが椅子から落ちた音、扉の外まで聞こえたぜ」
クレイベウスがいたずらっ子のように笑う。
「しー。未だ城内なんだから。詳しくは家に帰ってからにしよう」
「お、そうだな。褒美が届くというのも聞こえてたぜ?」
クレイベウスは突然すましたように胸を張って、すたすたと歩き始めた。
カノアをそれを見て軽く苦笑すると後を追い、出口へと向かった。
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