ノートパソコンの角で殴られた。
グコチチチチチーーキキキーーーンと感じたことがない高音、音というよりハードディスク異音、異音も音か、脳内での物理的エラーによる警告音、やっぱり音か。
耳の裏に液体が通る。多分血だろう。頭から床に落ちたがすでに床が赤い。埃っぽい床、毛やなんだ、食べカスか、床に触れる頬にざらっとしたものを感じる。まだ感覚はある。
「きゃあ!!」
なぜ殴った本人が大きな声を上げる。真由は処理速度が遅い。
「進大丈夫!? パソコンの柔らかい部分で
叩くつもりだったの!」
ノートパソコンに柔らかい部分があったのだろうか、考えたことがなかった。彼女の、そう、同棲して1年になる大木井真由のゆっくりとした処理性能の頭の中ではきっとあったのだろう。銀色の四角いもの、真ん中は柔らかそうに見えるのかな? たしかに少し丸み
があるかもしれない、すごい観察眼だ。
ノートパソコンは24時間ひらいて、そして僕の心も体も常にノートパソコンに向かっていた。
僕は仮想通貨の世界にハマっていた。
コンビニの自動ドアが開くときの音楽が聞こえる。え、ここで大きなロングの清算か。
それにしても床が赤い。徐々に床と体が、というより赤い色と視覚的効果とそれを認識している気がする僕自身というべきか、距離のボラティリティが上がっている、気がする。体はめり込んでいる、現実に。
「……ポジションどうなってるかな」
声を発することができているのだろうか。
「パソコン……」
「気持ち悪い」
どちらから言われたのだろうか、すでに自分の体制が把握できていない。そして今の声は聞いたことがない女性の声。
あれ、真由は?
真由が見つけられないので僕がどこを向いているかわからない。すでに視界は動かない、狭くなっていく。プロフィットが伸びている気がする。真由、体を起こしてくれ。救急車はその後でいいから、とにかくノートパソコンに向かいたい、いや、もうこの狭い視界の中にディスプレイを置いてくれればいい。
蛍の光が聞こえる。これはなんのアラートだっけ。清算か。画面が暗い。いや、部屋が真っ暗だ。シャットダウン、再起動できるのであろうか。
気づくとベッドで寝ていた。白い。
真由が救急車を呼んでくれたんだ。気が動転していたと思う。真由はすこしゆっくりなところもあるし、1つの行動を起こすのに大きな動力が必要だけど、それでも真由は俺の命を救ってくれた。いや、そもそもこんなことになったのは真由のせいだけど……いや、ノートパソコンで殴られたことの原因は僕だ。その自覚はある。まずしっかりそのことについて、真由と話したい。
でもその前に病院の先生に説明したい。なぜ僕の頭が割れているか。
真っ白いカーテンに囲まれていて、天井が青い。このベッドだけ囲っているのか?ということは個室か?でも個室ならベッド1つをカーテンで加工必要ないしな。
頑丈なのか運がいいのか、病院とは無縁の人生だったせいで、よくわからない、完璧なプライバシーな気もするし、薄いカーテンで落ち着かない感じもあるし。
白いカーテンが開く音がした。
「私のことわかりますか?」
やけに顔が赤く見える全身白い衣装の女性が僕の視界に入り込んできた。
口を動かすと強い粘着と乾きを感じたが、なにか生命力と言われるような何かが、必死に声を発するのを求めているような気がして力いっぱい声を出した。
「僕はあなたと会ったことがあるんですか!」
赤い顔の看護師は僕の顔を見つめたまま動かない。
顔を近づけて僕の瞳の中を覗き、僕の胸に手を置き
「お名前、自分お名前言えますか」
看護師は聞いてきた。ああ、意識の確認をしているんだな、急に恥ずかしくなって看護師の手が置かれた胸から滲むように汗がでてきて、少し頭が痛くなった。殴られたところだ。
そしてなぜか勃起しはじめた。人間赤い色をみると性的興奮を覚えるのかもしれない、そして下半身に力が入ったことでなにか少し安心した。
「みぎえ、すすむ、です」
「あれ、すごい熱。しかも血出てきちゃって
ますね」
ええ、恥ずかしいからですよ、血の巡りがよくなっちゃって。よく見るとタレ目の童顔でタイプだった。真由とは違う顔だけど。真由は美人だ。いわゆる美人、パーツのはっきりした整った顔。でも、ほんとはタレ目の幼い顔が好きだったなって、幼稚園時代好きだった先生の顔をおぼろげに思い出した。いや、多分思い出せてはいない、けど、振り返るとずっと同じ顔が好きだ。そしてこの顔の赤い看護師はそういう顔をしている。
口の乾きが一段と増して声を出すのも億劫なので彼女から目をそらしていると、注射を打たれたらしい。
「右絵さん」
看護師三の白衣を見つめる。胸の曲線をなぞっていたら(結構大きいのではないか)チャートが見えてきた。
上に行ったり下に行ったり。動くたびに大きな声を出した。つもりだったが看護師に動きがないから声なんてでてないんだ、実現していない僕の行動。でもどうにか伝えなきゃ。看護師の胸がいつのまにか青と赤のボタンに見えてくる。んー、今はショートだ!赤いボタンが押したい!ボタンを押せた。押せたけどなぜか柔らかい感触しか残らない。綺麗な曲線を描いているように見えた白い画面が真っ暗になる。
〈502〉
502ってなんだGATEWAY。どうなってるんだ。
お尻の穴と尿道の間がムズムズして冷たい。その冷たさが背筋を通って脳天に届く。
全身から失禁に似た脱力感と出血多量の喪失感を感じる。あれ、看護師さん。
看護師さん、意識の確認に来てくれたのになって思ったら笑えてきた、そこで何かが途切れる。
機械音。チャリンチャリン!と、大小様々、随分リズム感のない。苛立たしい音。
それが自分の呼吸かもしれないと感じたのは、呼吸の乱れにびっくりして起きたからだ、そして震えが止まらない。
一段と狭い視界の中、白衣の男性が僕を覗き込む。
見慣れないモニターがいくつか並び、波を打つ映像を見つけ心拍数が上がる。あのモニターの音だったのか。僕の中のリズムはどこにいった。
「座っているのがそんなにシンドいですか」
医師らしき白衣の男性が聞いてくる。
自分が座っているという事実にまずびっくりする。
左手には点滴の針が刺され、真っ赤な袋がスタンドにぶら下げられている。血が足りていないせいなのか、ここに座っている前後が思い出せない。そして不規則に震える。
「僕、座ってるんですね」
「診察、中断しましょう」
「いや、大丈夫です。僕、どうなってるんですか」
「なんでここにいるかわかりますか」
「それは、彼女にノートパソコンで殴られて……僕のノートパソコンどうなったかわかりますか! あれがないと、すごく困るというか、いや困るんです。全財産があの中に入っていて、というか今の僕のすべてで!」
と、気持ちは立ち上がったが体は地面に転がっていた。世界が回っている。
医師のとなりに看護師が立っていた。
看護師はあの顔の赤い女性。
医師は顎が強そうな常に強く口を結び笑顔を作ろうとしている感じの男。多分嫌われ者なんだろうな、でも嫌われているとう事実はプライドが許さないから頑張って口元作ってるけど、でもきっと職場の人には嫌われてる。顎の角度を見ればわかる。だって真下から先生を見上げてるんだから。なんでそんな角度で僕のことを見下ろすの。いや、そもそも見てないのか。
「先生、僕は今どっちを向いてますか?」
二人とも手でスマホをいじりながら僕の話を聞いていた。なぜ僕が僕自身をしっかりコントロールできないかをちゃんと説明しないと。
「僕は彼女に、真由に頭を殴られました。彼女にとてもつらい思いをさせたとは思っています。もっと心と体を私に向けてほしい。みたいなことを言われたんです。そりゃそうですよ。家にいる間、僕の心と体はノートパソコン、そしてその中の世界に向いていたんですから」
僕は多分懺悔に不向きな体勢で真由のことを話してると思う。だって先生の顎は僕の話しを聞いてない。ただ、小さく先生と看護師は笑っている。
医師と看護師が僕にスマホの画面を見せてきた。画面にはローソク足が激しく上下に動くチャート画面が表示されていた。そして一瞬でわかった、この値動き、ビットコインの一分足だ、毎日20時間以上みていたのですぐにわかる。
「ビットコインですか……」
そして心臓の動きが激しくなり頭が激しく痛みジリジリジリジリと焼ききれる感じが耳の裏で走る。
痛い!でも汁が出てくる。もしかしたら今は本当に脳内で出血してるかもしれない。
「今ビットコインてどうなってるんですか!」
「なんでここにいるかわかりますか」
「そんなことどうでもいいんですよ! 僕のポジションがどうなっているかが一番大事なんです!はやく!早く教えてください!」
医師は体をデスクに向けた。
「くそが!」
言っちゃいけない一言だってのはわかる。でももう体から出ちゃいけない様々な汁が出ているのだ。
先生は、キーボードを叩きだした。何か電子カルテに書いているらしい。
「右絵さん、専門の窓口があるんで、そちら紹介します、もちろん紹介状も書いておきますから」
キーボードを叩く音に、怒りがこもってる。
「先生、僕はもうこの病院では見てもらえないんですか」
先生にすがりたい。でもダメだ、でんぐり返しを失敗して方向を失った状態に近い。体液で体の半分溶けてるんじゃないか。僕のポジションももう溶けてるだろ、ヤケクソだよ。
「おい!先生!くそ!」
「……右絵」
呼び捨て。
「君にとって大事な世界があるんだろうけど、僕にとってはこの病院が世界であり、守らなければならない、散々暴れといて急に何を言い出す、警察呼ばれなかっただけありがたく思え」
「いや、違うんです……」
「君行動は覆らないし、巻き戻しだってできないんだよ、それが人生だろ。まあ失ってから気づくんだけどね」
医師は荒く左手の点滴針を抜いた。
「人間少しくらい自分を失っても死なないから」
看護師はずっとスマホの画面を見てニヤニヤしていた。あいつ勝ってるな。
看護師がこっちを見た。
「右絵さん、清算ちゃんとね」
僕の現在のポジションについて言っているようにしか聞こえない、そしてより自分の方向感覚を失う。視野がより狭くなる。目が熱い。ジリジリという音が止まないし、どっちから音が聞こえるのか、感じたことない方から音が聞こえる。体の中の音なのか外の音なのか。
「必ず窓口に行くように、家にまっすぐ帰っちゃだめだよ」
先生は僕に言っているんだろうけど、先生を見つけられない。だが笑っているのは感じる。
「気持ちがあっちの世界にいったままだから、体が機能してないんですよ」
看護師がニヤニヤ激しくスマホ画面をスワイプしているのが見える。もうどうやって官女を見ているのかわからない。
ただ僕の目線、カメラアングルはしっかり彼女の表情を押さえている。
看護師の笑顔がだんだん激しくなり、口と目が大きく左右に引きつっていく。
恐怖で震えが激しくなる。
激しい震えのせいで床にめり込んでいく。もう僕にポジションは保てないのだ。
先生が見える。先生の顔が近づき、僕にメガネをかけた。
「あと、メガネ。出しとくから。朝昼晩、外さないように、下手に外すとハードフォークしちゃうから」
看護師は僕の口に青いスプーンを押し込んだ。
「すぐ慣れますから」
体の硬直を感じる。
メガネと一体になった気がした。
窓口のことを、考えていたような、ビットコインのチャートのことを考えていたような、そもそも窓口って病院じゃないのか、病院だったら窓口って言い方しないよな? ていうか、家の裏にあんな古びた病院あったんだ、あれ、自分ひとりで行ったのか? 救急車だと思ったんだけど、など考えていたせいか、気づくと家のドアを開けていた。
窓口に直接行けって言われたけど、体は家に向いていたんだろうな。歩けたんだろうが、ここまでの記憶を感じれない。
部屋を見る。
一瞬、真由がいるんじゃないかなどと考えたりもしたがもちろんいるわけもなく、そしてノートパソコンもない。
床に血痕があったが、ぜんぜん大した血の量じゃなかった。
そういえば自分の血なんてほとんど見たことがなく、もしかしたら自分の血を結構な量でみたのは歯医者くらいかもしれない。しかも大した量というよりは、自分の口から出てくる血。うがいしてください。と言われてうがいしたら予想以上の真っ赤な液体が口の中から出てきて、あれ、僕こんなに口の中から血が出たら死ぬんじゃないか。など思ったときくらいかもしれない。
大したことなかったんだ。
しかし、ノートパソコンがないことは物凄く大したことである。あれは今の僕の全て。
僕のにとってビットコイントレードは人生のすべてだ。いや、真由もすべてだ。
真由が持っていったのか? そうか、真由
を探さないと……。
スマホもない。スマホがない!
体が震えだす。
耳の裏で液体が走るのを感じる。汗か血か、もしかしたらおしっこかもしれない。
漏らしてしまった。
自分の部屋で一人暮らしで、一人しかいないのにおしっこ漏らすことってあるんだな。おしっこの温かさを感じて妙に冷静になってノートパソコンがある場所を改めてみると、見たことがない真っ赤な女性用パンツが丸まっていた。
真由のパンツか。パンツについている大きめのタグが目に止まった。
赤いパンツ。赤いパンツの真由を見たことが……ない。じゃあそんな真剣にパンツを見るかっていうと見ていない、そんなに興味がないのであろうか。パンツの中にしか興味ないのか、下着くらい褒めてやれよ。
今は手がかりはパンツしかない。赤いパンツを手に取り、全力で感じる。
こんなに全体的に凹凸があるというか、作りが丁寧でしっかり細部までデザインされてるんだなぁしかも圧倒的透け感、ひらりひらりと空気をまとったような赤いパンツの作り込み、旅行で古い建物に入場料を800円くらい払って天井をまじまじと見ているときのような感銘。
突然。目の前に文字が現れた。
メガネだ。
メガネのレンズに文字情報が出現した。はて、ああ、QRコードを読み取ったのか。すごいなこのメガネ、ARメガネだ。
「アカウントの作成完了」
おいおい、喋ったぞ。メガネが、まあスピーカーくらいつくか、そんなすごい技術じゃない、けど、感動。アカウント作られたのか。
え。
真由が立っている。
さっきまで居なかった真由が部屋の中に立っている。
赤いドレス姿で、なんちゅー驚き。微笑み。微動だにせず突き刺してくる視線。恐怖を感じる、そして真由が浮いていることに気づく。
ARだ。
「真由のパンツ、レアリティマックスなんだよ」
話しかけられたのか、それとも組み込まれたセリフなのか。
なにか言い返さなければ。
ふと、恋愛シュミレーションゲームを思い出す。しかし、返事の選択肢は用意してくれない。ARメガネのばか。
現状僕の選択肢は無限大であり、選んだ僕のセリフ次第でどんな未来もあり得る気がした。
真由が両手を開いて前に出した。
返事をしない僕にしびれをきらして、先手を打ってきた。
右手の手のひらには小さな青い柴犬、左手の手のひらには小さな赤い三毛猫。
「選択肢を疑え」
スピーカーから聞こえる声のせいか、自分の心の声のようにも聞こえた。
なにかのゲームが始まっているのだろうか。正直、これくらいの技術はちょっとしたテーマパーク的なリアルゲームでも楽しめるからそこまで感動していないのだけど、自分の部屋で行方がわからない彼女に(向こうはもう別れたつもりかもしれないけど)二択を迫られている。
しかも命と同じくらい大事なノートパソコンの生命権も握っているかもしれない。
青と赤。犬と猫の選択。
重みのある行動のように思えた。
「青い柴犬」
声で返事をしたような気もするし、目の線で何かを選択した気もする。
柴犬が好きだから。青い柴犬は若干気持ち悪いけど。赤い三毛猫も気持ち悪い、赤いのに三毛猫。
とても嬉しそうに笑う、真由。
真由は青い柴犬を僕に投げつけた。びっくりしたが、投げられた柴犬の感触は特になかった。
「待ってる」
と、真由は僕から赤いパンツを奪い、赤いドレスの下につける。赤い色以外が消えていき、そのときにはすでに真由の表情も肢体も消え、そして赤色も消えた。
赤パンツだけ僕の手の中にあった。
ARの世界になにかデジタルなトークンを浮かび上がらせた場合、その場の元となる物理的な物を消すくらい簡単なのだろし、それができるととても色々な遊びができる、今の技術はすごいなぁ。
のんきに感服していると、大きくテロップ
が浮かび上がった。ARの世界に慣れてきた。
(仮想通貨みんなの窓口に向かおう!)
なんだこれは、宣伝か?
「アカウント開設記念で現在送迎タクシー無料DAO」
DAOってなんだよだおって。ふざけ過ぎだお。こんな感じか。いくか、やるか。
VRの世界で勝手に場面が変わるってわけじゃないのね。結構都心にある駅前の商店街にあるマンションで、そこの三階で真由と同棲していたけれども、あんな可愛い子が僕と暮らしていた事自体が結構フィクションなんじゃないかって思うし、どうせなら三階のベランダから飛び降りて、ゲームみたく移動したい。なんだっけ、ゲーム内で街の中自由に動けるやつ。銃でバンバン撃ってなんでもありなやつ、あんな感じで三階から飛び降りて新たなステージへ向かいたい。
着地はもちろんタクシーの上で。それで運転手が怒るんだけど、なんでか運転手がバズーカ持ってて……
「仮想通貨っていう、ご存知ですよね、よくメディアなんかで取り上げられてるあれです、まじかるトークンなんて呼ばれてて、電脳コインなんて呼び方やね、デジサンとか、まあクラスタによって、あ、あれです、コミュニティによって呼び方が違うんですよね、もう、なんていうんですかね、共通言語ってほとんどなくなりましたよね、私達もプロマックスリバースアンリミテッドグラス、このおしゃれなメガネ、これである程度の予測を羅列していただいて、ざっくりいうと?って目の前の人が言ってること要約してくれるからなんか相談に乗れますけど、日本て国も狭いですけど、多層構造になったていうんですかね、あ、ブロックチェーン的には非常に重要な考え方なんですけ、要はレイヤーって言うんですかね、3次元より4次元のほうが構成パーツ増えるじゃないですか、あんな感じ?なんてことも、ほら、何言ってるかわからないし、基本的に分散型辞書をテロップ出してもらって読んだり共有したり、結局、じゃあこの言葉っていうのは、私自身の言葉なのか、それとも、誰の言葉なのか」
目の前にいる人が、多分窓口のお兄さん、だと思われる。
思われるとぼやけた言い方なのは、なんていうのだろう、やけに解像度が低い、ドット絵みたいな感じでしか認識できないからだ。きっとこのARメガネのせいなのだろうけど、じゃあ外す必要があるのかっていうとまたそれは、無粋な気がするし、自分が今どんな顔をして話を聞いているのかも、表示されていたりして、結構イケメンで(フィルター効果)きっとこの顔で相手のメガネに認識されているとしたら、外すのも損。
僕は今、(仮想通貨みんなの窓口)にいる。
「えーっと、右絵さん、の、そのグラスいいですよね。あ、そのかけているメガネです。ん、あー病院でもらったんですか、どうも最先端といいますかロードマップ的なこれからのMVP的な製品だなって、そのグラス。こちらの認識ではまだホワイトペーパー、あの、白書です。淡い感じの白書。青春の香りがするでしょ、ホワイトペーパーの儚さを表現しております。で、MVPっていうのは、まあミニマムな試作品っていうか、必要最小限の機能だけでとりあえずだしてやったぜ的なものです。といっても、それもただただ白書の言葉を引用しているだけで、右絵さんのそのグラスは絵に描いた白馬よりは実入りの多いパイです」
(笑顔でうなずけ)と目の前のお兄さんの下らへんにテロップが出ているので笑顔でうなずいている。
映画がスタートして30分後くらいに出てくる決してラスボスではないんだけど。そして最終的には味方になってくれる確率が高い神経質そうな黒縁眼鏡の重厚なイケメン。その風貌の相談員の話は、どれもこれもよくわからないのだけど、説得力だけは異常にある。この説得力を生んでいるのは明らかに見た目と声であり、きっとこの説得力を生み出すためにこのスキンを選んでいるのだそうし、もしかしたら、僕のメガネの方が勝手に補正しているのかもしれない、上手くこのメガネにナビゲートされている気もする。
妙にカラフルな(仮想通貨みんなの窓口)の壁には、様々なメッセージが筆文字ぽく書き込まれていて「絆」とか、「to the moon」「GOX」など、多分、何かを伝えるための暗号が書かれている。まあでも、ブロックでチェーンだというならば、たしかにそこには絆のような何かが必要なのではないかと考えたりもする。
「では、本題に入りますが、仮想通貨というものが普及して、ええ、普及してるんですよ、ただ、みんな直接触ることがある人は本当に一握りですし、ここでもビットコインと言われるコインをそれ的なものに置き換えて、それ的なコインの価値をビットコインと連動してる風にとらえた指数を関係各所から分散されたネットワーク上にオープンにしていただいて、その指数を商品を捉えてラップしてリメイクしてリサイタルしています、それを日本政府公認のウォレットにて資産形成として保有していただいたり、日本国からのエアドロップ、一時期は給付金なんて呼ばれてたんですけど、そんなものも管理できたり、ただ別にそこにブロックチェーンなんてものや仮想通貨なんてものは一切感じないですし、それでいいとも思いますし、普段の生活でもそんなもんでしょ?ハンドソープ液体補充したのに、泡で出てくるようなものです。きっと簡単な仕組みでも人間いちいち調べません、もちろん勝手にレンズに意味など表示されますが、じゃあ自分のメモリーに記憶するかといえばしない。そして、もちろんこのメガネの基盤システムもイーサグラスという非常に古いブロックチェーンシステムが採用されています、仮想通貨の世界にとって古いっていうのは、ある意味褒め言葉で、その上にたくさんの新しい世界がどんどん積み上がっていくです、1つずつ新しい世界が生まれ、そして価値が膨れ上がっていく、選びたい世界線を選べばいいし、そこは気分なんです」
笑顔で彼の話を聞いていたが、別世界のことすぎて頭に何も入ってこない、いや、別世界なのか、それとも自分だけが気づいてない日常なのか、よくわからないけど、僕は少し急いでいたことを思い出した。そして、ポケットから赤いパンツを取り出した。
「部屋に戻ると彼女が赤いパンツを残して消えていたのです、いや、変な意味じゃなくて」
「ええ、別に普通のことですよ、何も変なことはありません、そしてそのパンツは弊社商品の赤いパンツであり」
窓口のお兄さんは僕に手を伸ばした。
僕は彼に赤いパンツを渡そうとした。
「渡しちゃだめです! ばか!」
窓口のお兄さんは急に怒っている。
「いわゆるそれがNFTです」
ばか。と言われ、そしてNFTと言われた。
メガネには「NFT」という英語の文字列が現れ、なにか僕に説明しようとしているが、僕にはわからない。
「ノンファンジブルトークン。要は世界に1つのものです。その赤いパンツ、世界に1つですよね?」
「え、そうなんですか、なんかよくあるデザイン……いや、赤いパンツのデザインなんてあんまりしらないですけど、あ、ここについてるQRコードが特別とか?」
「その素人なりアクション最高です」
なんか急に腹が立ってきた。こいつ映画後半で死ぬやつだ。きっとそうだ、誤りながら死ね。
「いいですか、この弊社商品NFTパンツを発行者は一旦はいてるんです。体液がパンツの中央部分に付着しますよね、そこでこの赤パンツが暗号化されるんです、ほら指紋認証とか顔認証とかあるでしょ、あの流れです」
この赤いパンツがNFTで、それは真由の体液で出来てるということなのか。だからどうした。まったくわからん。
「なんでそんな顔してるんですか、要はこの赤いパンツは世界で1つってことです、そしてそれは暗号学的にブロックチェーンで確認できます、すごいでしょ?」
「えっと。この赤いパンツが仮想通貨的には世界で1つのパンツってことですか?」
「はい」
「じゃあ真由はどこにいるんですか?」
「グッドクエッション! 右絵さんすごいよ! あんたすごいよセンスの塊だよ!」
なぜか、褒められた理由はわからない、けど映画の後半で殺すのだけはやめてあげよう。
「あなたという存在そのものがノードであるのです、これをお飲みください」
窓口のお兄さんの手にはブルーのカプセルが乗っていた。
「右絵さんがかけているメガネ、アドバンスモードをオンにするときが来ました」
なにか耳の裏らへん、メガネが触れている部分に触りたくなるような違和感を感じる。
「テンプル、ああ、メガネの棒の部分、耳に書ける部分ですね、触っちゃだめですよ、今あなたの体を開放し、アドバンスモードへ」
体が勝手に動くような感じを感じる。自分の体なのに、一瞬の遅れを感じる感じ、そう、感じる感じ、まさにこんな感じ。2つ感じが並ぶ。メガネのせいなのか。
気づくと窓口のお兄さんが差し出していたブルーのカプセルを口に運んでいた、もう一方の手にはなぜか水の入ったコップ。そして水でカプセルの飲み込む。
トタン、イシキとシカクの解像度が著しく下がった。
なにか世界がドット絵のように見える。
窓口のお兄さんも、ドット絵のキャラクターに見える。たまに動画で出てくる昔のゲームみたいな画面だ、ああ、ドラクエとかあんなやつじゃん。みたことあるよ、そんな動画。やってみたかったんだよね、退屈そうだけど、だって上と下と、右と左にしか動かないんだよ、どれだけ不自由なんだよ、そんな世界。
「なにをおっしゃいます、右絵さん、あなたは今、限界のない無数の選択肢を手に入れたんですよ。あなたの世界は拡張され……まさにサイバーパンク」
あれ、僕は声にだして話していたのだろうか。ドット絵の窓口のお兄さんが僕の脳内の声を聞いている、もしくは僕がそんな顔をしていたのか。たしかに、普段の解像度ならそれくらい微妙なニュアンスが伝わってもおかしくないな、って今のドット絵の世界なら思うし、これからはもっとたくさんの情報を表情や声や仕草から読み取れるかもしれない。
そう思った途端、真由に誤りたくなった。
真由に一刻でも早くあって、謝らなければ。
このドット絵の世界の中に真由がいるのだろうか。
「あなたのトランザクションがまもなくワンブロック承認されます、あなた自身、まさに人生というフルノードを置く場所はやはい低次元のレイヤーで有るべきで、そこの処理スピードは相変わらず遅いんですよね、この時代にも。でもきっと、もうカウントダウンは始まっています」
左肩を一定のリズムで叩かれる感覚、あれ、窓口のお兄さん僕の肩を叩けるような場所にいたっけ、いや、もうドット絵の世界だ、
「叩かれてるのわかりますか……3……2……1……」
気づくと大きな柴犬の上に乗っていた。
直感的にバーチャル空間だ、と感じ取れる違和感もありながら、でもどちらかといえば夢のような現実感、もしくは一夜だけ経験したことがある違法な酩酊状態のような、どちらにせよ、確実に今、なにかしらの空間に生きている。
宙を走る柴犬。巨大なクジラくらいのサイズでその背中に乗っているわけで、じゃあなんで全体を把握できているかといえばやはりバーチャル空間なのだろう、僕は今マルチカメラで世界を見渡している。
周りを見渡すとなにか既視感みたいなものを感じた、空なんで飛んだことないのに、体のどこかに残っている体の種の記憶なのだろうか、それとも飛行機の小さな窓から見たときの都会へのキラメキか。可能性はいくらでもあるが、僕の体の種に刻まれていて、常に次の世代まで引き継がれる何かしらの情報の中の一部が僕の中で既視感を生み出している気がする。
目の前に大きな半透明な白金色に輝く丸。
「TO THE MOON!」
柴犬が吠える。多分うぅわうおぉぉおん! なんだろうけど、僕の目の前にはたくさんの文字が縦横にたくさん流ていく。横に流れるか縦に流れるかだけでも統一してほしいものだけど、ぜんぜん文字は追えてないのにしっかり把握できている。今、柴犬は月に向かっている。
規則正しい気持ちよさを誘発する揺れから外れた、大きな縦揺れを感じた。そしてそれ以降柴犬は揺れなくなった。
手席にすっぽり収まるくらいの電動のスポーツカーに乗っていた。
左を見ると運転席にハンドルから手を離して柴犬の素晴らしさについて熱く語っている口ひげをはやしたマリオみたいな男がいた。なんか知ってる人の気もしたが自動運転の電気自動車を運転する柴犬好きの人とは知り合いではない。
なぜか後部座席の様子も把握できてい僕のマルチ目線、ああ、あのメガネのおかげか。あれ、メガネしてる? ん?
後部座席にはたくさんの小人がわちゃわちゃしていた。小人のように見えたが、車が大きすぎるのであろう、そして、ドット絵までいかないが、様々な解像度の、んー。アバターってやつか。人間ぽいやつもいれば、やけに犬と猫が多いな。あと、ドット絵、ドット絵はここにもいるのか。あと少ないけど……岩? ん、岩か、ただの形の崩れた下手な丸みたいだけど。後部座席センターの最前列に陣取って状況を知らない僕にもなにか自信というか、リーダー的な、ヒーロー的な何かを感じる。岩。
こうなってくると、もしや僕自信もなにかアバター的なビジュアルに変わっているのではないか。
車の外から車の中を見るカメラや、運転席の男のマシンガントークを移すカメラ、後部座席を自由に動き回るカメラ、目的地であろう月を捉えているカメラなど、たくさんのモニター(視界)が僕の中にあるのに、なぜか僕自身を映し出す映像はなかった。
「プライベートキーを教えてくれよ、そうしたら君という存在を僕が証明してやるさ」
話しかけられた。運転席に座る柴犬愛好家のニセマリオに。
今までも散々話していたけど、ダイレクトに僕に伝えているメッセージ。そっか、プライベートキーで認証作業みたいなのが必要なんだな。そこで初めて僕はこの世界で認められて、きっと自分の存在を確認することができる。
「オーケー、今プライベートキーというものを探してみるよ」
※プライベートキーは絶対に他人に教えてはいけません、それは死を意味します
ん? 声なき声聞こえる。囁かれているのか、つぶやかれているのか、体と思考にロックをかけられているような、自分の目を自分の手で潰すような、力を入れようともどこかで拒絶がきて力が入らない。
これが、自己認証の試練なのか、この試練を乗り越えなければ僕はこの世界で認証してもらえないのか。
自分の体の中に自分の手をめり込ませる。
隣で運転手は僕に砕けた星のような破顔を見せている。膨らみ赤みを増す鼻。それは愛のようにも感じるし剥き出しの欲望にも見える。
「早くしないと月にたどり着いてしまいます、それはロケットに乗れないことを意味します」
ロケットに乗れないのは困る、直感的に困る。僕は力の入らない体に向かい選択肢はそれしかないんだと強くシグナルを送る。めり込む僕の手。
「プライベートキーは……」
人生にチャンスなんてそう、何度も訪れない。
僕は知っている。
チャンスなんて巡ってこない、巡ってきてもだいたい乗れない。でも今僕は柴犬に乗っている。しかも巨大な柴犬、しかもその巨大な柴犬は巨大な電気自動車に乗っている。これをチャンスと言わずに。
僕の頭の中ではロケットが点火してカタカタ揺れている。上下に伸び縮みして今か今かと発射のタイミングを伺っている。もうロング一択なんだ。
「ここで乗れなきゃダメなんだ!」
そのとき、体の中が浮き上がり激しい尿意と肋骨の裏に激しいかゆみを感じた。
「ああああああぁぁ!」
電動自動車を突き抜けて、僕と柴犬は凄まじいスピードで落下していた。
月を目前にして真っ逆さまに落下する柴犬と僕。気づくと柴犬は僕の知っている柴犬のサイズになっていた。かわいい。なんか見覚えある顔だなって思ったけど、柴犬の顔の違いなんて僕にはわからない、犬は好きだけど飼ったことないし。ああ、あのとき青い柴犬を選んだから、きっと君は僕の相棒なんだ。
違う。僕自身が柴犬なんだ。これが僕か。じゃあ僕はこの世界で四足歩行で歩くのかな、いや、今はそんなことどうでもいい。自分の姿がわかった、周りのアバターの姿を確認済みだったから自分の柴犬の姿、アバターだとしてもなんら不思議ではない、まあなんで選べないんだってことなんだけど。
どこまでも落ちていく。
深い、止まらない。ただ落ちているという感じもなくなってきた。
なにかに近づいていればいいかな。違うだろ、目的を忘れるな、お前は真由を探しているんだ。あれ、なんでここにいるんだっけ。えっと、あれ、赤いパンツがあって……、ああ、仮想通貨のみんなの窓口にいって……
ああ、思い出した。秘密鍵は誰にも教えちゃダメですとか言ってたな、あれ、プライベートキーじゃん。言い方統一しろよ、いくらテロップでフォローされても住んでる世界で伝わりかた違うんだよ……どこまでフォローされようが最終的に選択するのは僕……これであっているのか……
※ブリッジに成功しました
「ここから先はMAYUプラットフォーム上のルールが適用されます。ベースレイヤーはもちろんイーサリアムですが、広がる世界についてはMAYUに従ってください。まあ海外旅行みたいなものです。そこに行ったらそこのルールに従う」
窓口のお兄さんの顔を思い出せないのだが、でも目の前にいる水先案内人であろうお兄さんは、仮想通貨のみんなの窓口のお兄さんと同じ顔な気がしてきた、もしかしたら同じキャラクター?
そうなると既に窓口自体がバーチャル空間だったことになるが。僕は一体今、どの世界にいるのだろう。
「右絵様へ、無限の選択肢を。気分と選択肢の開放。それがブロックチェーン、そしてみんなの窓口のビジョンです」
結局広告みたく終わるのやめろと思いつつ、どこか感じる安心感。いいね、こういう身も蓋もない現実感。
とても大きな動物園であり、農場にいる。やたら解像度の低い農夫たちがせっせと何か農業を頑張っている。何が育つのだろう。
そして様々な動物が見渡す限り生きている。その街というか空間の中に一本の橋がかかり僕はその橋の上からこの世界をMAYUの世界を見ている。
この世界はどこまでも広がっているように見えた。
僕の影のように柴犬が動かずにじっとしている。きっとこれも僕なんだろうなと直感ではわかる。この橋を渡るにはこの、ロックされている僕自身が必要だったのだろう、冷たい言い方すれば人質だ。信用を作るのは難しい。真由からちゃんと信用されていれば人質なんて必要なかったのかな、いやそんなはずはない。きっともっとドライな世界だ、きっとそうだ……。
「右絵様、ではここでお別れです。きっとここから先はウォレットの中身、赤いパンツが右絵様を助けてくれるでしょう。私からの選別です〈小額のMAYUトークンを手に入れた〉」
歩き出していた。複雑な世界のようで非常にシンプルなのだろう、僕は行き先がわかっていた。ゲームのスタートだってだいたいそうだ。スタートからなかなか進めないゲームはもうクソゲーだ。
シンプルに進むんだ。にしても農夫たちは一体何を嬉々として農業がんばってるんだろ、すごい楽しそうだ。解像度が低く立ってわかるくらい喜びに満ち溢れている。さすが気分の開放。
なにか、少し仮想通貨の世界というのが少しわかってきたかもしれない。もちろんよくわからない、わからないけど、わくわくする。陳腐な言い方だけど、だいたい良いものはシンプルだ。
僕は今、真由に近づいている。そして、ここから長い旅が待っているんだと思う、もしかしたら冒険かもしれない、これはきっとゲームだ。僕はやっとゲームのスタートラインに立てたんだ。
真由に会いたい。真由はなんでこんな世界に入り込んだのだろうと、意味がわからにと思っていたが、実際に入り込んでみると、もうわかった気もする。
ここから真由を連れ出すのが正解なのか。いや、それは真由に聞こう。
そう、僕が決めることじゃない。真由に聞くんだ。へへ、この態度。僕も少し、この短時間で少し大人に慣れたんじゃないだろうか。ノートパソコンでチャートばかり見ていた僕。それに対して怒って出ていった真由。
明らかに僕が悪い。謝らなきゃ。この少しばかりのMAYUトークンってきっとお金だろ?これで真由になにかプレゼントを買うことはできないのかな。いい感じのお店があれば入りたい。もしかしたら、絶好のプロポーズのタイミングかも。
いや待てよ。僕は今、柴犬だ。
この姿でプロポーズするのはいいのであろうか。いや、そもそも真由が許してくれるなんて保証はない。柴犬の僕が今、めっちゃ怒っているだろう真由に会いにいくのは得策なのだろうか。
そんな些末なことはどうでもいいんだ。だって、ここはMAYUの世界なのだから。きっと僕にはチャンスしかないはずだ。だって真由の赤いパンツを持っているんだから。こんなの絶対レアアイテムだろ。
空間が揺れる。前方から無数のバナナの革が飛んでくる。恐怖僕は耳と尻尾が小さくなっているが、なぜか農夫たちは喜んでいる。
「APE! APE!」
と、農夫たちが叫ぶ。遠くをみる。前方から巨人の大群が歩いていくる。
いやいやいやいや、僕に勝ち目ないでしょ。いきなりラスボス? え、逃げたほうがいいの?
巨人たちはすべて猿だった。妙にオシャレな格好をした巨大な猿の大群が押し寄せてきてる。バナナを農民たちの畑に投げまくりながらこちらに来る。農夫たち、そして様々な動物たちも気が狂ったように畑を耕す始める。バグったようなスピードで耕す中、僕はどうすべきなのか、道の真ん中で何故か、巨大な猿たちと対峙している。というより動けない。いや普通に怖いだろ、僕の感情は間違っているのか。何か喜ぶべきことなのか。戦って勝たなきゃいけない相手なのか。
そのとき、後方からレーザーが飛んできて猿たちに命中する。振り返ると、無数の巨大な宇宙戦艦。
なんだこの大きさ。凄まじい大きさの戦艦がこんなにたくさん。
僕を挟んで巨大な猿と巨大な戦艦がにらみ合う。
逃げ遅れた。
いや、僕は柴犬だ。結構足が早いんじゃないか、しかも結構長く走れるんじゃないか。もちろん逃げた方がいいんだよな。ん?もしかして気が狂ったように農業を始めるってのが正解なのか、それがこのイベントのやり過ごし方なのか。
僕は慌てて畑に入った。畑で他の人達みたく働くんだ。
〈ファーミングを行う?〉
はい。僕は自分の選択を自分で選ぶ。それがこの世界の生きる道。周りのファーマーたちは目と口から光が放たれるくらいの破顔。破れた顔から欲望という光がこぼれ落ちている。どこかで見た顔だな。なんかどこかで見たような景色が多すぎる。
思い出した。あの運転手だ。大きな柴犬を乗せた巨大な電気自動車の運転手。マスクをかぶっているような現実感のない欲望を絵に描いたような笑顔。あの笑顔。みんな同じ顔をしている。
農業はそんなに楽しいのか!
僕は顔を上げた。
戦艦が一つ、煙を上げながら落ちている。激しく燃えている。
「BURN! BURN!」
歓声を上げる農民たち。
激しくなる戦闘。欲望剥き出しの喜びの中、飛び交う光。光は戦艦のレーザー光線であり、猿たちのレーザーアイ。
猿の目から赤い光が飛んでいる。すごい攻撃だ。目からレーザー。頭狂ってるよおい。
さらにもう一つの戦艦が空中で燃えながら高度を下げている。墜落するのだ、でもその姿はとても美しいなあと思った。猿たちの目から放たれる赤いレーザー、空中で戦う戦艦から放たれるかっちょいいレーザー攻撃。
たくさんの猿も燃え上がり、戦艦も燃えている。
え。
飛来物が僕めがけて飛んでくる。
頭に直撃した。銀色の四角い塊だった。
歓喜の叫び声だけずっと聞こえている。みんなの顔が破れていく。そして目から赤いレーザーを放っている。
畑の上で倒れる。倒れた僕は畑の中に吸い込まれていく。多分、ファーミングされているんだろう。畑の一部になっていく。
自然に帰るのだろうか。こんなバーチャル空間で。ああ、なんか聞いたことあるぞ。デジタルネイチャーって。それとは違うか。など一人でツッコミを入れていると、僕は畑の中に消えていった。真っ暗な世界へ。僕何回沈んでるんだ……。
目を開くと、真由が立っていた。
真由はなぜかヨレヨレのTシャツを着て、髪型はアフロになっていた。
アフロ?なんで。ああ、アバターか。どんなセンスだよ。
プロポーズもあったもんじゃない、いやそうだ。僕も柴犬だった。しっぽと下半身が膨らむ。犬というのは正直だ。
「真由」
「アフロ、この世界ではアフロで通っているの」
悦。真由の表情にぴったりな言葉。
「たくさんの世界をまたいで、たくさんのトランザクションを刻み、ここまで来てくれました」
真由はこの世界では、神みたいな存在なのだろうか。強烈な違和感(アフロ)を感じながらも、それでも真由に会えたことが嬉しいし、僕にとって真由は女神だ。
そう、女神なんだ、それを伝えに来たんだ。
「私達のナラティブは同じ世界線にたどり着けたのかしら」
たどり着けていない、なぜなら何を言っているかわからないから。
「真由プロトコル、どう?」
真由プロトコル、どう?どうってどう?僕はなんて答えればいいんだ。
これは恋愛的な質問なのだろうか、それとも神的な質問なのだろうか。まったくわからない、わからないけど、めっちゃ悦。
「右絵さんも犬を選ぶなんて。やっぱり好きなのね、月が」
まじナラティブ。
月が好きなやつは犬になる。あれか、月に向かって夜鳴くみたいな話か。古典の教科書もう一回読んだほうがいいやつか。常にフォローテロップくれてるけどそもそもわからんから、賑やかしみたいくなってるよ、まじ草。
「私に貢献するために来たんだよね?」
真由の言葉のチョイスが気になるけど、でもそうだ、そもそも怒っているんだ、真由は。
僕は何が何でも真由に許してもらわなければならなかった。今の真由は、悦だけど、でも普段の真由はもっと柔らかく……穏やかで……あれは、自分のことを抑圧していたのか?だからこの世界であんなに開放されているのか。
「真由」
「アフロって呼んで!これ以上真由って呼ぶと、あなたの命名権も私が買い取っちゃうからね!」
「ご、ごめん」
ごめんでよかったのだろうか。でも真由は悦だ。よかった。
「アフロ……今までごめん、僕が悪かった。まゆ……アフロ事ぜんぜん見てなかった、違う世界ばかり見てた。違う世界に生きてたのかもしれない、全部僕が悪い」
真由がこちらをまっすぐ見た。今までと違う表情だった。
真由は、アフロを外した。ズラのアフロだった。
「私のために、命をかけられますか」
「もちろん!僕は真由のために、命がけで真由のために、これから生きる!」
真由は笑った。
僕の知っている真由の笑顔だった。やっぱりいいなぁ。真由の笑顔は。僕は嬉しかった。そして、なんとしても、命をかけても、真由を取り戻さなければならない、と思った。
「じゃあ、右絵さん」
「進って、すすむって呼んでくれないのか?」
「……進、私のために、命を燃やせますか?」
「もちろん!」
真由の笑顔。
僕はもう、彼女の笑顔があればなんでもいい気がしてきた。
真由が僕に近づいてくる。キスの流れだ。
「赤いパンツ、持ってきた?」
ここで赤いパンツ。もちろん、真由の体液で暗号化された唯一無二のパンツ。真由のパンツを保有することができるのは、この世で僕一人。そう、彼氏の僕だけが許されている。今、その話を出すということは、きっと僕のことを彼氏と、まだ彼氏と認めてくれているんだ。
「進、赤いパンツ穿いて」
動揺を隠しきれないとはきっとこういうときに使うんだろう。柴犬の僕に赤いパンツを穿かせたいんだね。真由。
真由は僕の口に手を突っ込んだ。口から手を抜き出すと赤いパンツを手に掴んでいた。
掴んだ赤いパンツを柴犬の僕に穿かせてくれた。赤いパンツを穿いた途端、僕は人間の姿になった。右絵進の姿に戻った。きっと戻ったが正しい表現だと思う。
これで、真由とキスができる。たしかに赤いパンツだけの半裸野郎かもしれない。しかも女性ものだ。少し怪しい。それでも、真由にキスする権利はきっとあるはずだ。
「進、あなたはどんなときも、真由のために命を燃やしてMAYUに貢献すると、誓いますか」
「真由、僕、真由のために頑張るよ……ごめん、そしてありがとう。ありがとうはこれからのありがとう。僕とまた歩むという選択肢を残しておいてくれてありがとう。真由、誓うよ!僕は真由のために命を燃やす!」
真由は、僕の言葉を聞いて更に笑った。究極に笑っている。そう、顔が破れだした。破れた目と口から欲望の光が漏れる。
「BURN!」
僕は、燃え始めた。
猿や、宇宙戦艦みたく燃え始めた。
別に熱いわけじゃない。ただ、なんだろう。消えていく実感みたいなのがある。消える実感ってなんだろう。こんな経験したことないけど。
「BURNされることによって、真由は更に価値が増すんだよ」
僕が燃えると真由の価値が上がるって言いたいのだろうか。そうか、それは良かった。
炎をまとっているが、頭から血が出てきた。
このタイミングで頭から出血ですか、そういえば、戦艦の部品かな?頭に銀色の四角い何かが当たったっけ?
あれから血が止まらん……。銀色の四角いもの……。
目の前に銀色の四角いもの、ノートパソコンがあることに気づいた。これは僕のノートパソコンだ。探してたやつじゃん。見つかったよ。そっか、真由が持っててくれたんだ。
世界がひっくり返った。僕がきっと倒れたのだろう。血が止まらない。僕の頭にぶつかったのはノートパソコンだったのだろうか。
なんか記憶があやふやだよ、よくわからないなか、僕はまた解けてしまうのだろうか。
「大丈夫、あなたという存在はちゃんとブロックチェーンに刻まれるから」
最後、少しだけ真由の顔が見えた気がした。
真由の髪型はアフロだった。
(終)
■ 受賞についての感想コメント
人生で初めて小説を書きました。
読んでくださいました審査員、関係者の皆様ありがとうございます。
そして小説の内容は2017年からクリプトワールドをツイッターを通して眺めて感じたことを表現しました。
ツイッターでたくさんの言葉を与えてくれました皆様ありがとうございます。
これからもたくさんアウトプットしていきたいと思います。
TO THE MOON!!!
第1回NFT小説大賞についてはこちら!