ダンスバトル(後編)【Project B-idol Story】

前編はこちら

「じゃあ、いっちば~ん」

 機械の上にぴょんと飛び乗るAmeliaちゃん。こういうときに率先して行動できるのは、本当に羨ましい性格だ。

 昨日選んだ通りの選曲をすると、軽快な音楽が流れ始め、画面にマークが表示され始めた。Ameliaちゃんは譜面をきちんと目視しながら、軽やかに宙を舞う。

「あら、素敵ですね」

「やるじゃない」

「ほっ、はっ、ほっ!」

 元気いっぱいに体全体を使って踊る彼女。腰つきが見事だなと思えるのは、体幹の良さからだろうか。

「イエイ!」

 そんな彼女が踊り終わる頃には、顔にびっしりと汗をかいていた。

 画面に大きく得点が表示される。思わず歓声が上がる。

「はえ~、でも68.9点かあ。難しいなあ、こりゃ」

 そうは言っても、この得点は1年生の中では恐らく上位にランクされるだろう。息も上がっているようには見えない。この元気いっぱいの体力や、肺活量の強さも彼女の長所の一つだろう。

「よくがんばりましたね」

「すごいすごい」

「えへへ」

 先輩たちが褒めてくれると、Ameliaちゃんはまんざらでもないという表情を浮かべた。

「それじゃあ、次はチューター組だから、私が踊りますね」

 続いて、Camilleさんがダンスの上に進み出た。

 選曲は直球のアイドル元気ソング。

 そしてそのダンスも、正統派のアイドル振り付けだ。

「可愛い……」

「これぞアイドルだな……」

 初めてのCamilleさんのパフォーマンスに、思わず声がこぼれる。

 2年次の中でも天才肌と呼ばれる彼女は、持ち前の表現力であたしたちをも魅了してしまった。

 気づくといつの間にかダンスも終わり、採点結果も表示されていた。

「うーん、83.4かあ。なかなか難しいなあ」

 いや、これは恐らく学院の中で、2年生で、しかもダンサーではなくアイドル専攻としてはかなりのレベルな方だろう……。やはり上級生はすごいのか、それともCamilleさんが飛び抜けてるのか……。

「次は私」

 続くSophiaちゃんの選曲は、昨日選んだクラシックなあの曲。

 流れてくる譜面に的確に優雅な表現を合わせ、それにオリジナルの振りも入れながら踊る。

 やっぱり、彼女はあたしたちの一歩先を行ってる気がする。

「得点は、64.2!」

「うう……Ameliaに負けた」

「あのねえ、たまには私にもリードさせてよ」

 でもAmeちゃんは結構嬉しかったみたいで、軽く飛び跳ねているのがわかった。

「ははは、声楽専攻でダンスまで高得点だったらたまらないさ。私がちゃんとこれから教えてあげる」

「はい、よろしくお願いします」

 SophiaちゃんのチューターであるEmmaさんがフォローする。こういうところが、Emmaさんってすごく優しい気がする。

「よし、じゃあ敵討ちと行くか~」

 ぶんぶんと腕を振り回しながら、マシンの上に乗るEmmaさん。

「あのねえ、どっちチームなのよEmmaは」

「私? 私は私。そしてSophiaのチューター。That’s All.」

 キリッと笑顔を見せて、マシンに向き直るEmmaさん。

 彼女は機械を使い慣れているんだろう、テキパキとロック調の楽曲を選ぶと、手足首をくりくりと回して、ストレッチしながら言った。

「このダンスは、Sophiaに捧げよう、なんてね」

 そこからのダンスはまさに圧巻。

 エネルギッシュな振り付けと、情熱的で感情的な人々を魅了するアクション。

 Emmaさんには女の子たちによるファンクラブがあるって噂があるけど、それって本当なんだろうなあと、見ていて思ってしまった。

 曲が終わり、汗一つかかず台から降りてくるEmmaさん。振り返って、画面を見つめる。

「得点は……89.2!」

 これは、すごいというか、もう刺激的なレベルの得点だ。

 さすがダンサー専攻。でも正直、得点に納得感しかないパフォーマンスだった。

「ははは、どうだった?」

 Sophiaちゃんは……、やはりいたく感動したようで、こくこくと頭を上下に振っていた。

 この数日間で、彼女はEmmaさんのことを随分信頼し始めているように思える。さすがにファンクラブには、入らないよね?

 次は……あたしか。

 ふうとため息をついた。そして、一歩前に進み出ようとする。しかし、あたしを遮るように目の前に腕が現れた。

「Rinちゃん、ごめん、先やらせて?」

「え」

 そう言うが早いか、Youranさんはマシンの上に乗り、慣れた手つきで手早く機械を操作し、曲を選んでしまった。

 優雅な音楽が流れてくる。

「この曲は……」

 そう、昨日Youranさんと一緒に踊った曲だ。

 彼女は両腕を伸ばして構える。思わずあたしは息を呑んでしまった。それほどまでに、Youranさんは真剣な表情に変わっていた。

「あらあら、本気ね」

「ま、お手並み拝見ってね」

 そこからのYouranさんは圧巻だった。

 それこそあたしに教えてくれたように、頭の先からつま先まで音楽を纏うがごとく、艶やかさを表現しきっていた。

 もうあたしたち下級生組は、勉強しようとか、技を盗もうという気にすらなれず、ただ呆けたように見守るしかなかった。

 それでも、あたしはがんばって、聞いて、見た。

 Youranさんが『音楽に身を預ける』様子を。

 曲が終わって、画面に数字が現れた。

「得点は、……92.2!!」

 あたしたちから、うわあと大きな歓声が上がる。

 やはりぶっちぎりですごい。実力を、まじまじと見せつけられた。

「いやー、本当久しぶりにやったけど、まあこんなもんかな」

「なんだよこいつ、自慢げにさ~」

「あはは、でもまだパーフェクトじゃないし」

「くっそー、腹立つなあ」

 YouranさんとEmmaさんが小突きあって、それをCamilleさんが見守っている。本当に余裕の、つまり実力のある人たちにだけ許される光景だった。

 最後に残されたのは、あたしだ。

 思わず、生唾を飲み込んでしまう。

「Rin。もう私たちは合計得点じゃ勝てない。何も気にしないで」

 そう、すでに2つのチームの差は、100点を超えてしまっている。あたしがどんなに頑張っても、抜けることはない。

「そうそう、Rinがやりたいようにやろう、ね」

 2人が声をかけてくれる。

 そして、Youranさんも。

「Rinちゃん、大丈夫。感じたままに、ね」

「……感じるままに」

 Youranさんの瞳に誘導されるように、あたしも恐る恐るマシンに乗る。

 ふうと一度、深呼吸。

 この選択しか無いと思った。曲がスタートする。

「……え?」

「昨日のアイドルソングじゃない?」

「っていうか……、Youranと同じ曲だ」

 そう、選んだのは、あの中華レストランみたいな曲。

 譜面を見たことないけど、この曲で、今のあたしにできるだけの表現をしてみよう。

 大事なのは、音楽に体を委ねること、身を預けること……。

 不意に、何かが見えた気がした。

 あたしの中? に、まるで、音楽が金色のヴェールとなって、それを纏うようなイメージが生まれていく。

 そのヴェールを弄ぶように、天女のように、ひらひらと浮遊を楽しんで、舞うような感触。

「Rin、きれい」

「うん……」

 AmeliaちゃんSophiaちゃんは、あたしのことをじっと見つめているようだ。

「いいね」

「ええ」

「……」

 先輩たちも、笑顔でいるっぽい。

 あたしが今できる精一杯のダンスは、できた気がするな。

 体を静止させた。

 曲が、終わった。

 あたしはそれと同時に力が抜けて、やっぱり尻餅をついてしまった。

 思わず、SophiaちゃんとAmeliaちゃんが駆け寄る。

「あはは、やっぱり無理だった、ごめんね、2人とも」

「ううん、がんばったよ、Rin……!」

「なんでお前が泣きそうなんだよ……」

「だって、だってぇ……ずごいよがったもん!」

「え、ええ……」

 ちょっと引き気味のAmeliaちゃんが、半べそになっているSophiaちゃんにハンカチを貸してあげている。

 精一杯踊れた。嬉しい。

 画面に現れた表示は

「……54.2!」

 あたし史上最高得点だった。

「うおっ!」

「やっだよー!」

 AmeliaちゃんとSophiaちゃんが抱きついて喜んでくれた。でも一番下。それが今の実力なんだ。

「よかったな、54点なら中間テストでも及第点だよ」

「21点もアップしたんでしょ? 昨日の今日で、どうしてこんなになったのかしらね」

 EmmaさんもCamilleさんも喜んでいる。

「あ、あの、それはYouranさんが昨日の夜アドバイスをくれて」

「あれま~、いつの間にYouranは名コーチに」

 Youranさんは腰に手を当てて、自慢ありげに冗談ぶる。

「へへ~、すごいでしょ~」

 そして、あたしのそばに寄って、また手を差し伸べてくれた。

 じっとあたしの目を見て言う。

「Rinちゃん、自信持って。3人とも、これからもがんばろうね」

「……はいっ!」

 あたしたちは大きく声をあげた。

 * * *

「ねえ、いい? 2人とも」

「ん? どした?」

 残って後片付けをしていたCamilleとEmmaに、Youranが声をかけた。

「まだ何か調べてんのか?」

「点数は確かにみんなより低いんだけど……でもよく見て」

 Youranがスコア表示の画面を指差す。

「これは……Rinちゃんの成績の詳細表示ね」

「アピールとか重心バランスとか……、身体能力も極端に低いか……、まあこれは仕方な……あ!?」

 2人が思わずYouranの方を見ると、彼女は深く頷いた。

「タイミングの項目だけは、補正後値99.99%!? しかも、実際の多くの入力誤差が0.01秒以内、しかも誤差が大きいものについては、身体的能力が劣るからついていけてないだけってコンピュータの判断って……何これ……」

 Emmaが目を見開き、信じられないといった表情で画面を見つめている。ダンサーである彼女はこれがいかほどに驚異なことであるか、重々承知しているだろう。

「恐らくCreatyを自己発動してたんでしょうね。私たちには感じられない範囲で」

 Camilleも、なるほどと言った表情を浮かべる。

「でも、それだけじゃ、この値は無理よ」

 Youranは続ける。

「……この数値はまさに『神の領域』」

 CamilleとEmmaの2人は、ほぼ同時にごくりと唾を飲んだ。

「ダンスという一面だけでも、こんな結果になるなんて。ふふ、やっぱり面白い子たちですね」

「マジかよ~! 他にもどんな能力を秘めているんだろうな。やっぱこの学院のやつらは面白いな~!」

 Youranはしばらく画面を眺め、そして自分の結果がプリントアウトされた紙に目を落とした。

 92.2点。万人が褒め称えるであろう、歴代でもトップクラスの内容。

 全てのグラフが満点ラインを指し示し……ただし、1つだけ。

 『タイミング』の項目グラフだけ、凹んでいるのが目に入った。

「……あのさ」

 Youranが口を開く。

「2人に、提案があるんだけど」

 * * *

 翌日。あたしたちはこの2日間のダンスの疲労感を全身に抱えながら、桜並木を歩いていた。

「あう、筋肉痛が……」

「足、動かない……」

「2人ともがんばろ、今日は金曜日だから……」

「放課後、遊ぶぞぅ……!」

 ひいひい言いながら学校へ歩を進めていると、その3人の目の前に見知った人影が現れた。

「やあ、3人とも。元気、じゃないよね、あはは」

 それはEmmaさんだった。

「ど、どうしたんですか?」

「どうしたって、朝登校してれば一緒になることもあるだろ? 目の前を生まれたての子鹿みたいな動き方した後輩がいたら、声も掛けるでしょ」

 満面の笑みをたたえたEmmaさんが続ける。

「それにYouranは自転車通学だし、Camilleは車で送り迎えしてもらってるから、メッセンジャーとしてはあたしが適任ってわけ」

「……どういうことですか?」

 あたしが聞くと、Emmaさんは、ずいとこちらに顔を寄せて言った。

「今日の放課後また時間くれない? ちょっと相談したいことがあるんだ」

 そのブロンドの髪をなびかせて、さも意味ありげに言うのだった。

 * * *

 そして放課後。

 あたしたちは恐らく『バトルをする』と話を聞いたときより、ず~っと大きく口を開けて呆けていた。

「どどどど、どういう意味ですか!?」

「どういう意味も何も、合流しましょうって言ってるの。あなたたちのユニットと、あたしたち3人」

「つまり6人編成でユニットを組まないかってことさ」

 え? ユニット? このとんでもなく実力のある3人と、あたしたちが、一緒のチームに……?

「本当ですか!?」

「でも、それで先輩たちはいいんですか? 皆さんに良いことってあるんでしょうか」

 あたしと同じようなことを思っていたんだろう、Sophiaが聞くと、3人とも笑顔で答えた。

「あなたたちは友達同士、私たちも仲はいいですしチューター同士ですし。都合がいいと思いませんか?」

「それに楽しそうだしさ。あくまで学内ユニットなわけだから、もし気に入らなかったらすぐ解散もできるしね」

 EmmaさんとCamilleさんは優しい声で説明してくれる。

「で、でも、あたしなんか」

「Rinちゃん」

 思わず口からこぼれたあたしの言葉に、Youranさんが呟いた。

「あなたと一緒にいることで、私も得られるものがあるかもしれないじゃない?」

「えっ」

 その声色はなぜか、少しだけ悲しい色を帯びたようにも聞こえた。

 でも、気のせいだったのだろうか、次の瞬間にはYouranさんはいつもの明るい笑顔で、あたしたちにおどけてみせた。

「な~んてね! ほら、3人とも、自信持って! 私たちが自分たちから提案してるんだから。それとも、自分たちだけでやっていきたい? もちろん無理強いはしないよ」

 それを聞いたあたしとAmeちゃん、そしてSophiaちゃんはアイコンタクトをして、そして即座に3人とも深く頷いた。

「お願いします。あたしたち、やれるところまでやってみたいです」

「がんばります!」

「お願いします!」

 3人で、声を揃えて叫んだ。

「よろっしい! じゃあ今日から私たちは6人ユニットね」

 Youranが高らかに宣言すると、自然と拍手が湧き上がった。

「じゃあ、正式に学校側にも登録しに行かないとな」

「チーム名も早々に決めないとね」

「で、でも緊張する……」

「ふふっ、さあ、これから楽しくなるわよ~」

「なあ、せっかくだからこの後ファミレスでパーッとやるか」

「いいですね!」

「ドリンクバー空にするまで飲むぞ」

「あはは、Emmaさんなら本当にやりそう」

「ふふ、じゃあ帰る準備するぞ~!」

 あたし、なんだかすごいことに巻き込まれている気がする。

 学校に入るときと同じで、やっぱり不安だけど。

 でもどうしてこんなにワクワクしているんだろう。

 6人の嬌声が、初夏の暖かい空気に溶け込む。

 刹那、教室の外に突風が吹き、上空に向けて巻き上がった。



Project B-idolとは?

Project B−idol」とは、NFT として展開されるデジタルアイドルプロジェクトです。
「スーパーアイドル」という奇跡の存在を目指す女の子たちが、ブロックチェーンの世界で活躍していきます!詳しくはこちら!
HPはこちら!
彼女たちの今後の活動をお楽しみに!